現場に足を踏み入れた瞬間、私たちはその部屋の状態を足元で判断します。汚部屋と呼ばれる現場の多くに共通するのは、床が物で埋まっており、その中でも「靴」が特異な存在感を放っている点です。玄関のドアが開かないほどの靴の山、それらが雪崩のように居住スペースへ流れ込み、キッチンや居間のテーブルの下まで靴が散らばっている光景は、珍しいことではありません。なぜこれほどまでに靴が部屋の中に溜まってしまうのか。依頼主に話を聞くと、その多くが「高かったから捨てられない」「いつか修理して履こうと思っていた」という執着の言葉を口にします。しかし、それらの靴のほとんどは、山積みの下敷きになって型崩れし、カビが生え、もはや履ける状態ではありません。さらに、靴は他のゴミとは異なり、独特の重量感と立体感があるため、空間に与える圧迫感が凄まじいのです。私たちが清掃作業を開始する際、まず取りかかるのはこの「足元の解放」です。靴を一足ずつ拾い上げ、ゴミなのか資産なのかを判別していく作業は、依頼主の人生の迷いを整理していく過程に似ています。ある現場では、ゴミだと思っていた山の中から、十数年前の新品の靴が何足も出てきました。それらは一度も地面を踏むことなく、汚部屋という暗闇の中で朽ちていったのです。部屋が汚いという状態は、本来大切にすべきものへの敬意が失われている状態でもあります。靴という、人をどこかへ運んでくれる道具を粗末に扱うことは、自分自身の未来を蔑ろにしていることに通じるのではないか、と感じることがあります。作業が終わり、床が完全に姿を現した時、依頼主の多くは自分の足元を不思議そうに見つめます。地面をしっかりと踏みしめることができるという当たり前のことが、どれほど心に安定をもたらすか。靴を適切に収納し、床を清潔に保つことは、単なる掃除の範疇を超え、一人の人間が社会と健全に向き合うための基礎工事なのだと、私たちは数々の現場を通じて確信しています。