その日私たちが向かったのは都内にあるごく普通の分譲マンションの一室でした。依頼主はそのマンションの管理組合。部屋の所有者は70代の男性でしたがここ数年管理費を滞納し連絡も取れない状態が続いていました。そして隣室の住民から「異臭と害虫がひどい」という切実な苦情が殺到していたのです。管理組合は弁護士に相談し裁判所に部屋の「競売」を申し立て第三者がその部屋を落札。そして新しい所有者が前の所有者(占有者)に対し「建物明け渡し」の強制執行を申し立てたのです。私たちが裁判所の執行官と鍵業者と共にその部屋のドアを開けた時息を呑みました。玄関からリビング、寝室に至るまで全ての空間が天井近くまでゴミで完全に埋め尽くされていたのです。執行官が明け渡しを命じる文書を読み上げ私たちの作業は始まりました。まず玄関周りのゴミを少しずつかき出し通路を確保することから始めます。部屋の中は長年のホコリとカビそして腐敗した物の臭いが混じり合った強烈な悪臭に満ちています。作業員は防護服と防毒マスクを装着していても時折外の空気を吸わなければ立っていられないほどでした。ゴミの山からは大量のゴキブリが這い出し壁や天井を覆い尽くします。私たちは殺虫剤を噴霧しながらゴミを分別し袋に詰めリレー方式で外のトラックへと運び出していきます。古雑誌、空き缶、壊れた家電そして無数のコンビニの袋。それは一人の人間の社会からの孤立の歴史が積み重なった地層のようにも見えました。数日がかりでようやく全てのゴミが搬出され部屋はがらんとしたコンクリートの箱に戻りました。しかし床や壁には深いシミと傷跡が生々しく残りその部屋がかつて経験した壮絶な時間を物語っていました。強制退去は法の下で行われる最後のそして最も悲しい部屋の再生手術なのです。