ぬいぐるみの劣化は、環境条件によって加速度的に進行しますが、ゴミ屋敷はそのすべての悪条件を備えた「劣化の実験場」と言うことができるでしょう。ぬいぐるみの主成分であるポリエステルやナイロンなどの合成繊維は、光、湿気、熱、そして化学物質の影響を受けやすく、特に汚部屋特有のアンモニアやタール(タバコのヤニ)は、繊維の分子構造を破壊します。まず、表面の起毛部分が空気中の油分と埃を吸着し、特有の「ベタつき」が発生します。これが時間が経つと硬化し、繊維がフェルト状に固まってしまいます。一度この状態になると、家庭用洗濯機では汚れを落とすことができず、内部の綿にまで汚れが浸透します。内部の詰め物についても、ウレタン素材の場合は「加水分解」という現象が起き、ボロボロの粉状になるか、逆にベタベタの液体状に変化することがあります。ゴミ屋敷の住人が「思い出の品だから」と大切に保管しているつもりでも、物理的にはすでに修復不能な状態に陥っていることがほとんどです。さらに、生物学的な劣化も深刻です。繊維に付着した有機物を餌に、真菌(カビ)が繁殖し、繊維そのものを分解し始めます。この過程で発生するカビ毒(マイコトキシン)は、ぬいぐるみに触れるだけで皮膚炎を引き起こしたり、浮遊した胞子が喘息を誘発したりするリスクがあります。特殊清掃の現場で、ぬいぐるみから異様な「酸っぱい臭い」がするのは、細菌が有機物を分解し、揮発性有機化合物(VOC)を放出しているためです。このように、ゴミ屋敷のぬいぐるみは、もはや「可愛い玩具」ではなく、複数の化学反応と生物学的汚染が進行中の「バイオハザード」と見なすべき存在です。清掃にあたっては、これらの劣化状況を論理的に説明し、洗浄による再生がいかに困難であるか、そして現状のまま放置することがいかに健康に有害であるかを依頼主に理解させることが、処分の承諾を得るための科学的なアプローチとなります。